前立腺肥大症とは
前立腺肥大症は、加齢などの影響により、前立腺の内側にある「内腺」が大きくなることで起こる良性の病気です。前立腺は男性にのみ存在する臓器で、膀胱の出口に位置し、尿道を取り巻くように位置しています。正常な前立腺の大きさはクルミほど(約20mL)ですが、肥大すると鶏卵ほどの大きさ(40mL以上)になることもあります。
前立腺が肥大すると、尿道が圧迫されるため、さまざまな排尿に関する症状が現れます。たとえば、尿が出にくくなる、尿の勢いが弱くなる、排尿が途中で途切れるといった症状が現れます。また、排尿時に腹圧をかけないと出にくいと感じる方もいます。さらに、頻繁にトイレに行きたくなる、夜間に何度も排尿のために目が覚めるといった「蓄尿症状」が現れることもあります。

これらの症状は、日常生活に大きな影響を与えることがありますが、前立腺肥大症はあくまで「良性」の病気であり、どれだけ大きくなっても命を直接脅かすことはありません。症状の程度に応じて、薬による治療や手術など、患者さんの状態に合わせた治療法が選択されます。まずは落ち着いて、医師に相談し、適切な治療法を見つけることが大切です。
一方で、前立腺がんは「悪性腫瘍」であり、放置してしまうと進行する恐れがあります。進行が遅いタイプのがんもありますが、その性質を見極めるには組織検査が不可欠です。「自分は大丈夫」と自己判断するのは非常に危険です。なお、前立腺肥大症と前立腺がんは、同じ前立腺に発生する病気ではありますが、全く別のものです。前立腺肥大症だからといって前立腺がんにはならない、あるいは前立腺が肥大していないからがんではない、というのは誤った認識です。前立腺肥大症は主に内腺に、前立腺がんは主に外腺に発生するとされており、発生部位も原因も異なる病気です。したがって、どちらか一方だけでなく、両方の病気について正しく理解し、必要に応じて適切な検査や診断を受けることが重要です。
日本は世界でも有数の超高齢社会であり、前立腺肥大症は高齢男性に多く見られる病気のひとつです。60代の男性の約40%、80代では約80%がこの病気を患っているとされており、年齢とともに患者数は増加しています。排尿に関する症状は生活の質に直結する問題でもあります。気になる症状がある場合は、我慢せず、早めに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることをおすすめします。
前立腺肥大症の原因
前立腺肥大症の明確な原因は、現在のところ完全には解明されていません。しかし、最も大きな要因と考えられているのが「加齢」です。年齢を重ねるにつれて、男性ホルモンをはじめとしたホルモンバランスに変化が生じ、それが前立腺の肥大に影響していると考えられています。実際に、年齢とともに前立腺肥大症の患者数が増加していることからも、この関係性が示唆されています。
前立腺が大きくなる背景には、加齢に加えて、いくつかの要因が関係している可能性もあります。たとえば、遺伝的な体質、脂っこいものや動物性脂肪が多い食生活、運動不足、ストレスの蓄積などが挙げられます。また、メタボリックシンドロームと呼ばれる高血圧・高血糖・肥満・脂質異常といった生活習慣病との関連も指摘されており、生活習慣の乱れが前立腺の健康に影響を及ぼす可能性があります。
そのため、日常生活の中でできる予防策としては、バランスのとれた食事を心がけることが大切です。特に、野菜や全粒穀物、大豆製品などは、前立腺肥大の発症を抑える効果が期待されるという報告もあります。水分補給も大切ですが、カフェインを多く含む飲み物は利尿作用が強く、排尿症状を悪化させることがあります。できるだけノンカフェインの飲み物を選ぶようにしましょう。
なお、前立腺が肥大していても、すぐに自覚症状が出るとは限りません。まったく症状を感じない方もいれば、排尿に強い不快感を抱える方もおり、症状には個人差があります。だからこそ、50歳以上の男性は、一度「前立腺のチェック」を受けることをおすすめします。早めに状態を知ることで、将来的なトラブルの予防につながります。
前立腺肥大症の症状
前立腺肥大症は、加齢とともに発症しやすい良性の病気です。尿道を取り囲む前立腺が大きくなることで、排尿にさまざまなトラブルが生じます。症状は進行の程度に応じて、軽症・中等症・重症の3段階に分けられます。
軽症の段階では、日常生活の中で少しずつ排尿に違和感を覚えるようになります。たとえば、「最近トイレの回数が増えた」「尿の勢いが弱くなった」「トイレに行ってもまたすぐ行きたくなる」といった変化が見られます。この段階では症状が軽いため見過ごされがちですが、早期に医療機関を受診し、状態を把握することが重要です。
中等症になると、排尿にかかる負担が大きくなり、症状もよりはっきりと現れてきます。「尿をする時に力まないと出にくい」「尿が出始めるまでに時間がかかる」「尿のキレが悪く、途中で途切れる」「排尿に時間がかかる」など、排尿に不快感を伴うようになります。この段階では、生活の質にも影響を及ぼし始めるため、早急な治療が必要です。
さらに症状が進行して重症になると、排尿機能が著しく低下します。具体的には、「トイレに行く回数が非常に多くなった」「尿が少量しか出ず、お腹が張って苦しく感じる」といった状態になり、最悪の場合、尿がまったく出なくなる「尿閉(にょうへい)」という緊急の症状を引き起こすこともあります。
排尿に関する不調を、年齢のせいだと我慢してしまう方も少なくありません。しかし、「トイレが近くなった」「尿の勢いが弱くなった」といった初期のサインは、前立腺肥大症の可能性がある重要な兆候です。少しでも違和感を覚えたら、早めに泌尿器科などの専門医に相談しましょう。
以下のような症状がある場合は、医療機関を受診する目安となります。
- 1日に10回以上トイレに行く
- 尿の勢いが弱くなった
- 排尿に時間がかかり、30秒以上かかることがある
- 夜中に2回以上、トイレに起きる
日々の排尿の変化を見逃さず、気になる症状があれば我慢せずにご相談ください。それが健康を守る第一歩です。
気になる方はすぐにチェック!
国際前立腺症状スコア(IPSS)とQOLスコア
世界共通で使用されている前立腺肥大症の質問票です。自覚症状の程度を点数化して、重症度の判定や治療方針の決定、治療効果の評価に有用とされています。一般的に、合計点数が0〜8点は軽症、9〜20点は中等症、21点以上が重症の前立腺肥大と考えられています。
どれくらいの割合で次のような症状がありましたか | 全くない | 5回に1回の割合より少ない | 2回に1回の割合より少ない | 2回に1回の割合くらい | 2回に1回の割合より多い | ほとんどいつも |
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この1か月の間に、尿をしたあとにまだ尿が残っている感じがありましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
この1ケ月の間に、尿をしてから2時間以内にもう一度しなくてはならないことがありましたか︖ | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
この1か月の間に、尿をしている間に尿が何度もとぎれることがありましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
この1か月の間に、尿を我慢するのが難しいことがありましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
この1か月の間に、尿の勢いが弱いことがありましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
この1か月の間に、尿をし始めるためにお腹に力を入れることがありましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
0回 | 1回 | 2回 | 3回 | 4回 | 5回 | |
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この1か月の間に、夜寝てから朝起きるまでに、ふつう何回尿をするために起きましたか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
IPSS点
とても満足 | 満足 | ほぼ満足 | なんともいえない | やや不満 | いやだ | とてもいやだ | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
現在の尿の状態がこのまま変わらずに続くとしたら、どう思いますか | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
QOLスコア点
IPSS 重症度:軽症(0~7点)、中等症(8~19点)、重症(20~35点)
QOL 重症度:軽症(0、1点)、中等症(2、3、4点)、重症(5、6点)
診断に用いる検査
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- 1超音波検査
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前立腺の大きさ(体積)を計測します。悪性疾患の有無も確認します。
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- 2尿流量検査
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トイレ型の検査機器に排尿することで、尿の勢い、排尿量、排尿時間などを検査します。排尿障害の有無や程度をスクリーニングすることができます。
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- 3残尿量検査
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排尿直後の膀胱内にどれくらいの尿が残っているかを測定します。前立腺肥大症の方は、閾値(50ml)を超える残尿があります。
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- 4MRI/必要時
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前立腺がんが疑われた場合に用いる精密検査です。
治療法の実際
前立腺肥大症は、自覚症状や検査(前立腺の体積、排尿障害、残尿の状態)により診断します。
当院では、薬物治療を第一選択とし、改善されない場合は、手術による治療を検討します。
手術治療は、確立された新しい治療を積極的に導入し、経尿道的レーザー前立腺切除術(HoLEP)と経尿道的前立腺吊上術(ウロリフト)を採用しています。
薬物治療
使用する薬剤は、尿の通過障害を引き起こす要因によって異なります。
- 前立腺の収縮により尿道を圧迫している場合
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前立腺を緩め尿道の圧迫を解除し、尿を通りやすくする薬剤(アドレナリン受容体遮断薬)を使用します。
副作用として、急な血圧低下を引き起こすことがあります。
- 大きくなった前立腺が物理的に尿道を圧迫している場合
-
前立腺を小さくし、尿道の物理的な圧迫を軽減する薬剤(5α還元酵素阻害薬)を使用します。
この薬剤は、男性ホルモンの作用を抑えることで効果が得られ、1年内服で前立腺体積が25〜30%程度縮小します。
手術治療
経尿道的前立腺吊上術(ウロリフト)
- 手術方法
- 尿道から内視鏡を挿入します。ウロリフトインプラントを4〜8箇所に留置します。前立腺を圧迫することにより尿道の内腔を広げます。
- 特⻑
-
海外では2014年より開始された低侵襲な治療
日本では2022年4月から保険診療として認可
手術時間は10〜20分程度
入院期間は2日間
性機能障害がない
前立腺体積100cc以上は適応がない
- この治療を必要とする方
- 心疾患、肺疾患などの疾患がある方や抗凝固薬内服などがある方
- 手術実績:157件(2022年5月~2025年3月)
-
治療改善効果 95%(QOLスコアが手術後1ヶ月で術前よりも改善しているもの)
1泊2日で退院 99%
術後発熱 0%
術後カテーテルフリー 100%
手術前 | 手術後(1ヶ月) | |
IPSSスコア | 22 | 11 |
QOLスコア | 5 | 2 |
残尿量(ml) | 150 | 30 |
-
※スコアは数字が高いほど重症

経尿道的レーザー前立腺切除術(HoLEP)
- 手術方法
- 尿道から内視鏡を挿入します。レーザーで肥大した前立腺(内腺と外腺の間)を剥離して、出血量を抑えながら内線をくり抜きます。くり抜いた内腺は、膀胱内に落とし込み、吸引して取り除きます。
- 特⻑
-
巨大な前立腺に対しても施行可能
手術時間は、2時間程度
手術後の疼痛が少ない
出血量が少ない
入院期間は4日間程度
再発が極めて低い
前立腺組織の病理診断(がんの評価)が可能
- この治療を必要とする方
- 排尿障害が強く、前立腺肥大症を根治的に治療したい方

手術までの流れ

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- 初診
- 症状についての問診と診断に必要な検査を実施し、治療方針を提案します。
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- 内服薬による治療
- 症状に応じて薬物治療を開始します。改善が見られない場合や重症の場合は、手術治療を検討します。
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- 手術決め外来
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手術日を含めた今後の日程と術式を決定します。
手術に必要な検査(採血、採尿、心電図検査、レントゲン検査、50歳以上の方は心臓エコー)を行います。
全身麻酔で手術を行うため、麻酔科医師による説明があります。
手術方法や手術で起こりうる合併症について説明します。必ずご家族と一緒にご来院ください。
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- 入院・手術
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手術日当日に入院します。
手術終了後に医師が説明するまで、ご家族は病室で待機していただきます。

入院スケジュール

手術後の回復力を高める入院生活
- 手術前処置はありません。
- 下剤・浣腸・術前点滴の使用を控え、ストレスフリーで歩いて手術室に入室します。

- 手術後の痛みと吐き気の軽減に努めています。
- 鎮痛薬を積極的に用いた疼痛管理と国際的ガイドライン推奨の薬による嘔気対策を実施しています。

- 手術当日から食事を開始します。
- 夕食から経口摂取が可能となります。

- 手術翌日からシャワー浴ができます。
- シャワー・トイレ付きの個室で、普段と変わらない生活に向けて全身の回復を促します。

入院費用の概算(3割負担)
- 経尿道的レーザー前立腺切除術(HoLEP)
- 140,000〜160,000円
- 経尿道的前立腺吊上術(ウロリフト)
- 220,000~280,000円
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※高額療養費制度の対象となります。所得によって決められた自己負担限度額を超えた分が払い戻されます。入院会計時に「限度額認定証」をご提出いただくと、医療費請求額を自己負担限度額までの金額にとどめることができ、医療費の窓口負担を抑えることができます。
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※差額室をご利用の場合は別途となります。