胃バイパス手術

1. 手術から1年――。当時を振り返る。

手術から1年。振り返ると、この1年はまさにセルフ・リフォームの年になったとつくづく思う。「セルフ・リフォーム」なんて言葉が世の中にあるのかどうかは知らないけれど。なんとなく意味はご理解いただけよう。このセルフ・リフォームなるもの、かなりの苦痛を伴う。言葉を飾らずに言うと、長い年月をかけて己の身に纏ってきた脂肪を1枚1枚剥ぎ取るのだから。しかも、手術を受ける程までに太ってしまった元凶である己の性格やら周囲の環境やらも含めて全てを再構築するのである。これを大変と言わずして何をか言わんや。

手術自体は無痛だ。先生や病院のスタッフが細心の注意を払って肉体的な負担を最小限にしてくださっている。問題は精神的なものである。術後の流れを見ていただくと、最初の1ヶ月は大幅に食べられるものが制限される。病院にいる間は、未来の自分への希望や、手術を受けて生まれ変わるんだ!という決意がまだ続いている上に、先生やスタッフの励ましがあるので、特に辛い思いをすることはないだろう。

2. 退院後待っていたこと

問題は退院した後なのだ。ここからは身近な支えがないとかなり辛い。周りは普通に食べているのに、自分は食べられない。物理的に胃が小さくなったと頭では理解している。してはいるのだけれども、脳はそう簡単にはリセットできないのだ。今まで培ってきた、まるで飢餓地獄に落とされた餓鬼のような脳は「食べ物をよこせ」と絶えず要求してくる。今まで、何年も何十年も、その要求があると(あるいは、要求がなくても)即座に応えていただけに、無視をするとますます脳はサイレンを大きくする。常に頭の中で食べ物がグルグル回っている状態。まさに飢餓地獄に落とされた餓鬼になってしまったのだ。

ただし、餓鬼と違う点は、食べたければ食べられる状態に置かれているという部分である。食べ物を口にしようとした途端に、金棒を持った全身赤やら青い色の恐ろしい鬼に追いかけられることもない。唇を針と糸で縫われて開けられない状態にもなければ、お金さえあれば食べ物が手に入らない状態でもない。

しかし、それでも、餓鬼はやはり餓鬼なのだ。運命はそう簡単には変わらないのである。そう。目には見えなくても、確実に金棒を持った恐ろしい鬼は存在する。私やあなたの内側に潜み、出番を待ちかまえているのだ。もし、手術後のあなたが今まで通り脳の命令に素直に従って食物を貪ったとしよう。その途端に奴らはやってくる、カッカと高笑いしながら。嘔吐やダンピング症状という形をとって。幸い、私の場合は、嘔吐鬼には何度も遭ったものの、ダンピング鬼との遭遇はほとんど経験がないのでリアルにお伝えすることはできない。が、聞いたところによると、「チョコレートをほんのちょっと舐めたら数時間倒れて動けなかった」などの事例もあるらしい。誠に恐ろしい鬼です。お気をつけください。

何度吐いても懲りない私の脳は、どこにいても何をしていても食べ物に関することを考えている。これは1年経った今もだが、朝、会社のデスクについて一番にすることは何よりも「食べられそうなもの」をインターネットで探すことだ。先述通り、ステージⅢにくるまでは食べられるものにかなりの制限がある。その制限範囲内で少しでも美味しそうなものを探すのだ。カロリー制限がある病人用の低カロリー果汁ゼリーだって探せばいろんなメーカーから何種類も売っている。アイスクリームだって80キロカロリーのものが普通のコンビニやスーパーで売ってる時代だ。「こういうモノがないか?」とインターネットで検索すれば、ほとんどの場合、「ありますよー」という返事が返ってくる。あらゆるものが流通しているので、ぜひぜひご活用されることをお奨めする。特に病人食を扱っているサイトは必見だ。

恐らく、これを読まれている方は既に術前・術後の流れは知っておられるだろう。だいたい最初の3ヶ月で体重は激減する。それに従って、体のサイズも変わる。周りの目も変わる。周りの目に関しては、その人の環境によるから一概には言えないが。私の場合、毎日、顔を合わせる同僚にはほとんど変化はわからなかったようだ。最初の1ヶ月に「ちょっと痩せた?」と言われた程度。まぁ、うちの職場は30代から50代の女性しかいない空間なので、その中の一人だけが急に痩せたりすると嫉妬が渦巻き、絶対に意地でも認めるものかっていう心理になるせいかもしれない。このようにちょっと特殊な環境にいるので、誰も口に出して「痩せたね」と言ってくれず、仕方なくまん丸だった自分の顔が徐々にシャープになっていくのを鏡で見たり、服のサイズが徐々に小さくなっていくことで痩せてきたなぁと実感しては、隠れたところで喜んでいた。そんな自分が可愛いと思う。1ヶ月後の検診の時に、笠間先生に「毎朝あごがシャープになっていくのを見てはニヤニヤしてます」なんて言ったことを覚えている。

3. 現れ始めた変化

そんなこんなで「激変」という感じではなかったため、9ヶ月を過ぎる辺りで漸く、しばらく会ってなかった人達に「え?」と驚かれ始めたのだが、リアクションがあるということは、それはそれは嬉しいものである。それ以来、「綺麗になったね」と言われたら、今では素直に「ほんまですかぁ。ありがとうございますぅ」と返事をするようにしている。 あれから1年。一番変わったのは容姿ではなく、私の生活態度かもしれない。ずっと培ってきた「できるだけ美味しいものを食べたい!」という欲望のベクトルが、大きさはそのままに、しかし、その方向だけを「美味しいものを買って食べる.食べに行く」から「自炊する」という方向へと転換したのだ。恥ずかしながら、包丁なんかほとんど持ったことのなかったこの私が、である。

実は手術前にソーシャル・ワーカーの方から「術後の食生活をどうするか?」と質問された時には、「糖尿病用の低カロリーの冷凍食品とか買おうと思ってます」なんて即答したし、実際に、まだステージⅠの段階で何も食べられないくせに既にネット注文さえもしていた。冷凍食品を大量に保存するために、なんと小型冷凍庫まで買ったのだ。

それが結局は、冷凍庫は一度も電源を入れることもなく今や単なる荷物置き場と化し、ネット注文した冷凍食品の数々は半年間眠ることになった。賞味期限が半年だったためである。10セットも買ったというのに1つもパッケージを開けることさえなく賞味期限を迎えてしまい、あっさりゴミとして廃棄処分してしまった。それもこれも、私の眠っていた料理の才能が目覚めたためである。というのはウソで、料理がなかなか楽しいものだと気付いたというのが正解だ。

料理を始めて、初めて、どんなものであれば食べてもいいのか、栄養のバランス、どんな風にすれば少しでもカロリーダウンできるのかを考えるようになった。例えば「グラタンが食べたい!」という場合。今までだったら、「グラタンの美味しいレストランはどこだ」とか「やっぱり給料日前で苦しいからコンビニで買おう」なんて思ったはず。それが今では、まずは作り方をネットで調べる。初心者なので、どうやって作れば良いのかわからないからだ。それから「牛乳を豆乳に換えたらカロリーダウンするかな」「チーズはカッテージにする方が良いよね」「具は淡色野菜はタマネギ、緑黄色野菜はアスパラガスが美味しいかも」「海老は大丈夫かな」などと考える。それによって会社の帰りに何をスーパーで買うかも決まる。今まではスーパーに行っても、お総菜にお弁当やお菓子。目に入った美味しそうなものを何も考えずに買っていた頃と比べたら、えらい違いである。
手術を受けた人の中には、お肉が全く駄目になった人もいるようだが、私はそんなことはなかった。今でも肉類は大好きだ。ただし、なるべく鶏肉にしてみたり、どうしても牛肉が食べたい時はできるだけ脂身の少ない部分を買ったり、下茹でするなどの調理方法でも工夫するし、量も少なめにはしている。

おやつだって食べたい。そんな時はチーズケーキすら作ってしまう。カロリーゼロの人工甘味料をフル活用して、チーズも半分以上をお豆腐にしてカロリーダウン。オーブンで焼くのも面倒だからフライパンで焼く。フッ素加工で余分なバターや油も必要なく一石二鳥だ。そんないい加減なチーズケーキでも十分美味しいし「食べたいのに食べられない」というジレンマを感じることもないのである。

あれもこれもダメと制限をかけすぎるとストレスになる。先述通り、胃の容量が小さくなっても脳内で育った餓鬼がいる。その存在を完全に消し去ることは不可能なのではないだろうか。もちろんコントロール可能な人も世の中にはいるのだろうけど、私には無理だ。手術を受けて生まれ変わった筈の今でも甘いものは大好きだし、たまにはレストランで美味しいものだって食べたい。そんな欲望を満たしつつ、なんとかこれまでやってくることができた。それもこれも、常に何でもかんでも質問してくる私に対して丁寧にアドバイスをくれた栄養士さんの涙ぐましい努力のおかげである。とても感謝している。

4. -40kg。これからの自分に期待。

料理に目覚めたおかげで食生活が改善し、なおかつ、運動までもするようにもなってしまった。面倒くさがりなのは相変わらずなので、今でも家に帰って一度でも座ってしまうと外出なんて絶対にできないけれども。それでも、会社帰りに買い物がてら歩くようになった。ちょうど会社のすぐ側、川沿いに遊歩道が整備されているので3kmほど歩いたり、あるいは家のすぐ側にも川が流れており遊歩道があるから2つ手前の駅で降りて、やはり3kmほど歩く。どちらも街灯があり、暗くても平気なので便利だ。途中にあるデパートや大型スーパーなどで買い物もできる。さすがに冬は川沿いは寒いので、街中を歩き回ったのだが。私の住む街は観光都市なので、その点、歩く場所に困ることもなく都合が良かった。春からは遊歩道の花や樹木が目覚めて成長する様子を眺めながら歩くのが日課になっている。

本当にネットというのは便利なもので、地図上の起点と終点、および経路を設定すれば、どれくらいの距離があるのかを教えてくれるサイトもある。自分の身長と体重も設定すれば、そのコースの消費カロリーもわかる。どこか出掛けようという時は常にそのサイトで散歩コースを予めチェックするようになった。 この手記の一番最初に「セルフ・リフォーム」は辛くて苦しいものだと書いたが、それだけではない。矛盾しているようだが、実に楽しく1年間を過ごせたように思う。

ダイエットなんて、誰にとっても辛いものだ。手術を受けない人も、受ける人も、既に受けた人にとっても。何かしらを我慢しないといけないのだから、辛くない筈がない。でも、その辛い状況をいかに楽しんでしまうかがミソなんだと思う。

私には他人から褒められるとか羨ましがられるいうご褒美はなかった。けれども料理というおもちゃを発見した。散歩(早足ウォーキング)という楽しみも見つかった。

あなたには、あなたの楽しみがきっとあります。辛いと嘆くより、それを発見する努力をした方が面倒くさくないですよ。大丈夫。超ものぐさな私でも発見できたもの。きっと気付かないだけで、ヒントはあらゆる所に転がってる筈。どうぞ笠間先生やソーシャルワーカー、栄養士さん、あるいは患者仲間達、遠慮せずにどんどん訊ねましょう。皆さん、笑って協力してくださいますから。

そんなこんなで丸1年。結果は-40㎏。ようやくBMI25を切るところまでたどり着いた。それでも、まだまだ私のダイエット道は続く。新しく発見したおもちゃや楽しみのおかげで、もう辛さは感じない。今後の私に乞うご期待だ。

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