正中弓状靭帯圧迫症候群とは
正中弓状靭帯圧迫症候群は、正中弓状靭帯の位置が生まれつき低いために腹腔動脈や腹腔神経叢が圧迫され、食後の腹痛・内臓動脈瘤をきたす病気です。機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群、原因不明の腹痛と考えられている方は、正中弓状靭帯圧迫症候群の可能性があります。
正中弓状靭帯とは、左右の横隔膜脚のつなぎ役をしているもので、椎体(背骨)に付着しています。呼吸の際に、横隔膜は下の図のように動きます。正中弓状靭帯は横隔膜の動きに連動するため、息を吸うと靭帯はゆるみ、息を吐くと靭帯は引き延ばされます。
通常この靭帯が問題となることはありませんが、正中弓状靭帯圧迫症候群の方は、生まれつき正中弓状靭帯が低い位置にあるために、息を吐くときに靭帯が腹腔動脈や腹腔神経叢を圧迫して、様々な症状を引き起こします。
アメリカではこの靭帯の位置異常は人口の15~34%に認められており、近年本邦でも報告例が増加し注目を集めています。


正中弓状靭帯圧迫症候群の方は、靭帯の位置が生まれつき4㎝ほど低い位置にあるため、呼気時に正中弓状靭帯が引き延ばされると、腹腔動脈や腹腔神経叢が圧迫されてしまいます。
腹腔動脈は、胃・肝臓・脾臓・膵臓・十二指腸など上腹部の重要な臓器に血液を供給しています。正中弓状靭帯により腹腔動脈が圧迫されると、これらの臓器に供給する血液量が低下してしまいます。血液不足を補うために、からだは上腸間膜動脈(小腸と大腸の半分を栄養する動脈)から血液を分けてもらうようになります。食事をすると胃や小腸には沢山の血液が必要となりますが、他の動脈から分けてもらった血液量では足りない、もしくは小腸の血液量が相対的に不足してしまう(盗血現象)ために、お腹が痛くなってしまいます。
また、上腸間膜動脈から血液を分けてもらう血管(膵十二指腸アーケード)は非常に細くもろいため、多量の血液が流れることで、血管が圧力に耐えられずにコブ(動脈瘤)をつくることがあります。動脈瘤ができても症状はありませんが、そのまま放置すると破裂することがあります(死亡率17.5~33.3%)。また、腹腔動脈周囲にある腹腔神経叢が圧迫されると、胃の動きが低下し食後の膨満感や嘔気を感じたり、慢性的な腹痛・下痢・便秘を生じることがあります。


特徴的な症状
- 食事をすると腹痛が出現し、食後2〜3時間程度で自然に軽快する。
- 救急車を呼ぶほどの急激な腹痛で発症することがある(急性腹症)。
- 前かがみ、足を抱えるように丸まると痛みが改善する。
- 運動時や動作時、ストレス時にも腹痛が出現する。
- 食後の嘔気・嘔吐・便秘・下痢がある。
- 食事をすると腹部膨満感がある。
食後の腹痛や腹部膨満感、下痢などを起こす病気に、機能性ディスペプシア(FD)や過敏性腸症候群(IBS)があります。正中弓状靭帯圧迫症候群は、本邦では0.4%程度の頻度と考えられていますが、FDやIBSの治療をうけても症状がよくならない方の中に、本疾患の方が相当数存在しているのではないかと考えられています。
診断に用いる検査
- 1腹部超音波検査
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腹腔動脈の呼吸性変化を確認します。呼吸による腹腔動脈の流速・軸の変化、乱流を確認することできます。
- 2腹部造影CT検査
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静脈より造影剤を注射して腹部CT検査を行います。3D血管構築をすることで、腹腔動脈の圧迫が確認できます。
- 3上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
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胃がん、胃潰瘍・十二指腸潰瘍などの、胃の症状がでやすい病気を除外するため、内視鏡検査を行うことがあります。
治療の適応
腹部超音波検査・腹部造影CT検査で、腹腔動脈の圧迫が確認された方のうち、
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1.食後の腹痛・腹部膨満感・下痢・嘔気・嘔吐などの症状がある方。
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2.膵十二指腸アーケードをはじめとした側副血行路の拡張や動脈瘤がある方、または動脈瘤破裂の既往がある方。
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3.慢性腸管虚血、分節性動脈中膜壊死(SAM)など、他の病気が否定できる方。